室町幕府の権力が失墜し、守護大名に代わり全国各地に戦国大名と呼ばれる勢力が出現。
領土拡大を目的とした戦国大名たちが、各地で戦いを繰り広げるようになり、戦国の世と言われる戦国時代が約130年も続きました。
そして、慶長8年に徳川家康が征夷大将軍に任命されてから、慶応3年の大政奉還までの約260年続いた江戸時代は、「天下泰平」という言葉を生みました。
太平の世となり、多くの文化が栄えていった江戸時代に、井原西鶴の浮世草子や松尾芭蕉の俳句、菱川師宣の浮世絵などが誕生します。
江戸中期以降になると、貨幣経済が農村にも浸透し、人と物の流れが活発になっていくと、商人の経済も急成長していき、江戸時代後期には、歌舞伎や浮世絵、川柳などの化政文化(町人文化)が栄え、東洲斎写楽や葛飾北斎を代表とする浮世絵は、モネやルノアール、ゴッホといった芸術家にも影響を及ぼしたとされています。
また、18世紀ごろの江戸の人口は100万人とも言われ、当時の江戸は世界最大の人口都市で、天下の台所と呼ばれた大阪と江戸を結ぶ[blue]東海道[/blue]は世界で一番人通りの激しい道だったとも言われています。
徳川家康が江戸に幕府を樹立してから400年以上、経済が発展して人が増え、その時代に生まれた大衆文化は、今も伝承されています。
ちなみに、江戸時代に使われるようになった言葉で、今でも「江戸っ子」に対して使われる「粋でいなせ」は、身なりや振る舞いが洗練されていて、その上、人情が厚く遊び方を知っているなどの様、気風が格好いいことを言いますが、「いなせ」の語源は、「鯔背銀杏」(いなせいちょう)という江戸魚河岸の若者に流行していた髪型が由来で、鯔(ボラ)の背と書きます。